歯周外科を「本で読んだことはある」から「自分の外来でできる」に変える一番の近道は、患者さんではないもので手を動かすことです。私は豚顎を使っています。この記事では、豚顎実習を始めるために何を用意し、最初の1時間で何をやり、何が身について何が身につかないかを書きます。
なぜ豚顎なのか
選択肢は他にもあります。シリコンの模型、牛顎、鶏。それぞれ試したうえで豚顎に落ち着いた理由は3つです。
まず、手に入りやすい。次に、大きさがちょうどいい。牛は大きすぎて扱いも処分も大変で、鶏は小さすぎて練習になりません。そして何より、剥離したときの感覚が本物に近い。シリコン模型は縫合の練習には向いていますが、骨膜を剥がすときの「引っかかりが外れる」感触は再現できません。歯周外科で一番差が出るのは剥離の手の感覚なので、ここが本物に近いことが決定的です。
どこで手に入れるか
養豚場から直接購入します。1度に何個でも買えるので、まとめて注文して冷凍しておけば、思い立ったときに練習できます。私が実際に使っている養豚場は、歯周外科マニュアルの中で紹介しています。
購入後の処理は食品扱いになります。練習が終わった豚顎は生ゴミとして廃棄できますし、養豚場によっては送り返して処理してもらうこともできます。送り返す場合は、練習で使った縫合糸などをすべて取り除いてから返してください。廃棄する場合はお住まいの自治体のルールに従ってください。縫合糸やメス刃、ハサミなどは通常どおり医療系廃棄物として処理します。
届いてからの下処理
豚顎は凍った状態か冷蔵で届きます。凍っている場合は、使う前に流水で解凍します。すぐに使わない分は冷凍保存しておけば長く持ちますが、長期間置くと乾燥してしまうので、1ヶ月くらいを目安に使い切るのがよいでしょう。
準備するもの
器具は特別なものは要りません。
- メスホルダー(メス刃は15Cと12を使います)
- 持針器
- ハサミ
- 縫合糸
- キュレット(前回の記事で書いたグレーシー4本)
- 剥離子
それと、100円ショップで買えるお盆のようなトレーを1枚。豚顎を乗せて作業すると、テーブルが汚れず片付けが楽です。
メス刃を15Cと12の2種類にしている理由や、それぞれをどの切開に使い分けるかは、マニュアルの器具の章で書いています。
最初の1時間でやること
いきなり難しい術式をやる必要はありません。最初は次の4つを1回通しでやってみてください。
- 切開線を引く
- 剥離する
- キュレットで掻爬する
- 縫合する
これを1セットとして、まずは一通り終えること。そのうえで2回目からは、毎回「今日は何を100点にするか」を自分で決めてから始めてください。切開線の連続性なのか、剥離で骨膜を破らないことなのか、縫合の結び目の位置なのか。1つに絞ると上達が速くなります。全部を同時に良くしようとすると、どれも中途半端になります。
初めての人に共通する失敗
ほぼ全員に共通するのは、掻爬がきちんとできていないことです。
豚顎は色々な方向から見ることができます。口腔内より圧倒的に観察しやすい。それでも掻爬が不十分なまま縫合に進んでしまう人が多い。これは技術の問題というより、「どこまで掻爬すればよいか」を理解していないことと、「きちんとやる」癖がついていないことが原因です。
掻爬がきちんとできないと、その先にある再生療法がうまくいきません。理由は単純で、硬組織より軟組織のほうが成長が早いため、取り残した軟組織が骨より先にスペースを埋めてしまうからです。豚顎の段階で「ここまで取る」を体に入れておかないと、患者さんで同じことが起きます。
豚顎で身につくこと、身につかないこと
豚顎で身につくのは、一連の流れと、使う器具それぞれの役割です。切開から縫合まで、どの場面でどの器具を持ち替えるかが手に入ります。これは本を読むだけでは絶対に手に入りません。
一方で、豚顎では身につかないこともはっきりしています。
- 実際の口蓋側の剥離の難しさ
- 狭い開口量の中で器具を扱う感覚
- 出血への対応と、それに伴うアシスタントワーク
豚顎は出血しません。だから術野は常にきれいで、器具の操作に集中できます。しかし実際の手術では出血し、吸引と圧排をするアシスタントとの連携が結果を左右します。豚顎で流れと器具を身につけたあと、この3つは実際の症例で意識的に積み上げていく必要があります。
まとめ
豚顎実習は、手に入りやすく、本物に近い感覚で、何度でも繰り返せる練習方法です。器具を揃え、養豚場に注文し、最初の1時間で切開・剥離・掻爬・縫合を一通りやってみてください。そして毎回、何を100点にするかを決めて手を動かす。それだけで、教科書と臨床の間にある溝はかなり埋まります。
歯周外科マニュアル(PDF)
豚顎実習をベースに、器具の揃え方、縫合の基本、アクセスフラップから再生療法・歯周形成外科までを術式ごとに解説。豚顎の入手先、メス刃の使い分け、器具ごとの用途も収録しています。
