個人開業の院長なら小規模企業共済、医療法人の理事長ならはぐくみ基金。このシリーズでは、立場に合った「院長の退職金」の作り方を書いてきました。(小規模企業共済、はぐくみ基金)
今回取り上げるのは、開業医の節税策として必ず名前が挙がる経営セーフティ共済(正式名称:中小企業倒産防止共済)です。掛金は全額経費になり、40か月続ければ全額戻ってくる。そう聞くと「入らない理由がない」と感じます。
ただし、経営セーフティ共済は節税ではなく「税金の先送り」です。解約して戻ってきたお金には、その年に税金がかかります。いつ解約するかを考えずに入ると、得をするどころか損をすることもあります。そして歯科医院には、医療法人化にからむ特有の落とし穴があります。
この記事の結論
- 掛金は全額経費になるが、解約手当金はその年の収入として課税される。得をするかは「解約する年」で決まる
- 個人開業医とMS法人(株式会社)は加入できる。医療法人は加入できない
- 個人開業医が加入したまま医療法人化すると、契約を引き継げずに解約になる。最大800万円が、個人の最後の年の所得に上乗せされる
- 本当の価値は、取引先の倒産時の貸付けと、すぐ借りられる「一時貸付金」。節税だけで入る制度ではない
経営セーフティ共済とは
経営セーフティ共済は、取引先が倒産したときに自分の会社まで連鎖倒産しないよう、資金を貸してくれる国の共済制度です。運営は小規模企業共済と同じ中小機構です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掛金 | 月5,000円〜20万円(5,000円単位)。総額800万円まで積み立てられる |
| 掛金の税金 | 個人事業主は必要経費、法人は損金 |
| 加入の条件 | 1年以上事業を続けている中小企業者(医療法人は不可) |
| 取引先が倒産したとき | 掛金総額の10倍(最高8,000万円)まで、無担保・無保証・無利子で借りられる |
| 急にお金が必要なとき | 解約手当金の95%まで、年0.9%で借りられる(一時貸付金) |
| 解約したとき | 40か月以上なら掛金の100%が戻る。その年の収入として課税 |
脱・税理士スガワラくんも、この制度について「ただの節税商品じゃない」と話しています。本来の目的は連鎖倒産を防ぐことで、多くの人が節税目的で入っているが、取引先の倒産で使った経験がある人はほとんどいない、という指摘です。(YouTube:知らない人が多い!節税だけじゃない倒産防止共済のメリット)
歯科医院で加入できるのは誰か
加入できるのは、1年以上事業を続けている中小企業者です。サービス業の場合、会社なら資本金5,000万円以下または従業員100人以下が条件です。
- 個人開業医:加入できる。ただし開業から1年以上たってから。開業直後から入れる小規模企業共済とはここが違います
- 医療法人:加入できない。公式の加入資格で、医療法人は加入できない法人として明記されています
- MS法人(株式会社):加入できる。設立から1年以上が条件
私の医院は医療法人なので、医院としては加入できません。いまはMS法人での加入を検討しています。
歯科医院にとって「倒産防止」の機能はどこまで役に立つか
正直に書くと、歯科医院にとって本来の目的である連鎖倒産の防止は、あまり関係がありません。歯科医院の収入の大部分は保険診療の報酬で、支払う側の審査支払機関が倒産することは考えにくいからです。
ただし、まったく無関係でもありません。たとえば、高額な機器の代金を前払いしたあとに販売店が倒産した場合は、貸付けの対象になる可能性があります。MS法人が医療法人や他の取引先と取引している場合も同じです。
歯科医院で現実的に役立つのは、むしろ一時貸付金です。解約手当金の95%までを年0.9%で、取引先の倒産とは関係なく借りられます。院長のけがや災害で急にお金が必要になったとき、解約せずに資金を手当てできるのは大きな安心材料です。
節税ではなく「税金の先送り」
掛金は払った年の経費になります。しかし解約すると、戻ってきた解約手当金は、個人ならその年の事業所得、法人ならその年の益金として課税されます。つまり、税金がなくなるのではなく、払う時期が後ろにずれるだけです。
それでも得をすることがあるのは、税率が年によって違うからです。所得が高い年に経費にして、所得が低い年に解約すれば、その差が得になります。逆に、所得が高い年に解約すると損をすることもあります。
課税所得1,500万円前後の個人開業医が、掛金を総額800万円まで積み立てた場合で試算しました。加入している間に軽くなる所得税と住民税は、約350万円です。
- 所得が高い年に解約:800万円が上乗せされて税率がさらに上がり、約385万円の税金がかかる。差し引き約35万円の損
- 所得が少ない年に解約(閉院した後など):税金は約186万円。差し引き約164万円の得
- 赤字の年や、大きな経費が出る年に解約(法人が役員退職金を払う年など):解約手当金と経費が相殺され、軽くなった約350万円がほぼそのまま得になる
解約する年を決めずに入ると、損をすることがある。 これが経営セーフティ共済でいちばん大事なポイントです。
解約手当金は40か月で100%
自分の都合で解約した場合、解約手当金は払い込んだ月数で決まります。12か月未満は掛け捨て、12〜23か月は80%、40か月以上で100%です。掛金を滞納して機構に解約された場合は、支給率がさらに5ポイント下がります。
月20万円で積み立てると、40か月で上限の800万円に届きます。ちょうど100%戻るタイミングと重なります。
歯科医院が知っておくべき落とし穴
1. 個人で加入したまま医療法人化すると、引き継げない
医療法人は加入できないので、個人開業医が加入したまま医療法人化すると、契約は引き継げずに解約になります。解約手当金は、個人として最後の年の事業所得に上乗せされます。
個人として最後の年は、医療法人化するまでの数か月分の所得がすでにある年です。そこに最大800万円が加わります。税理士事務所の解説でも、個人開業医は税率が高いため、解約手当金の約半分が税金になることが多いと指摘されています。
株式会社に法人成りする場合は契約を引き継げますが、医療法人では引き継げません。小規模企業共済と同じく、医療法人化を考えている先生は、加入する時点で「医療法人化の年に解約手当金が入る」ことを計画に入れておく必要があります。
2. 解約して入り直すと、2年間は経費にならない
2024年10月1日以降に解約した場合、その解約日から2年以内に再加入しても、その間の掛金は経費(損金)になりません。解約と再加入をくり返して経費を作る使い方はできなくなりました。
3. 申告書に明細を付けないと経費にならない
法人は「別表10(7)」、個人事業主は所定の明細書を申告書に添付しないと、掛金を経費にできません。会計ソフトで経費に入れていても、明細を付け忘れると認められません。顧問税理士に、加入したことを必ず伝えてください。
4. 掛金は自由に減らせない
掛金を減らせるのは、事業の縮小や経営の悪化など、理由がある場合に限られます。増額は5,000円単位でいつでもできます。小規模企業共済と同じく、無理のない額から始めて、余裕が出たら増やすのが基本です。
5. 800万円に達したら、それ以上は積み立てられない
総額800万円が上限です。月20万円なら40か月で上限に届き、その後は掛金を払えません。「毎年240万円の経費」が続くのは、最大で約3年4か月です。
法人の経理の工夫:決算書の利益を減らさずに経費にする
MS法人などの法人で加入する場合、経理の仕方に工夫の余地があります。
一般的には、掛金を「支払保険料」として経費に入れます。そうすると、決算書の利益が掛金の分だけ小さく見えます。
スガワラくんがすすめているのは、掛金を決算書では「保険積立金」などの資産として計上し、法人税の申告書の上だけで経費として差し引く方法です。こうすると、税金は同じように軽くなる一方で、決算書の利益は減らずに済みます。銀行は換金できる資産を評価するので、融資の審査でも不利になりにくい、という考え方です。(YouTube:9割の税理士がやっているこの処理はマジで大損です)
ただし、この方法が使えるのは法人だけです。個人事業主の確定申告には、決算書と別に申告書の上だけで差し引く仕組みがないため、資産として計上すると経費にできません。個人開業医は、普通に経費として処理します。
MS法人で入るときに考えること
MS法人で加入する場合も、考え方は同じです。
- MS法人に利益が出ているか:経費を作っても、もともと利益が少なければ軽くなる税金も小さい
- 解約する年をどこにするか:役員退職金を払う年や、大きな設備投資をする年に合わせると、解約手当金と経費を相殺できる
- 設立から1年以上たっているか:設立直後は加入できない
小規模企業共済・はぐくみ基金との違い
| 項目 | 小規模企業共済 | はぐくみ基金 | 経営セーフティ共済 |
|---|---|---|---|
| 目的 | 院長の退職金 | 役員・従業員の退職金 | 取引先の倒産への備え |
| 個人開業医 | 加入できる | 院長は加入できない(厚生年金に入れないため)。スタッフは加入できる場合がある | 加入できる(1年以上) |
| 医療法人 | 理事長は加入できない | 加入できる | 加入できない |
| MS法人 | 役員は加入できる | 加入できる | 加入できる(1年以上) |
| 掛金の上限 | 月7万円 | 給与の20%・月40万円 | 月20万円・総額800万円 |
| 受け取るときの税金 | 退職所得など(優遇あり) | 退職所得など(優遇あり) | 事業所得・益金(優遇なし) |
小規模企業共済とはぐくみ基金は、受け取るときにも税金の優遇があります。経営セーフティ共済は、受け取るときの優遇がない点が大きく違います。優先順位は、退職金の制度が先、経営セーフティ共済はその後と考えるのがよいと思います。
まとめ:加入前のチェックリスト
- 事業を1年以上続けているか(個人開業医・MS法人とも)
- 医療法人は加入できない。個人で加入するなら、医療法人化の年に解約手当金が入ることを計画に入れる
- 解約する年(所得が低い年、退職金を払う年など)を加入前に決めておく
- 解約して入り直すと、2年間は掛金が経費にならない
- 申告書に明細(法人は別表10(7))を付ける
- 小規模企業共済・はぐくみ基金など、退職金の制度を先に使う
経営セーフティ共済は、使い方次第で得にも損にもなる制度です。「とりあえず節税」で入るのではなく、出口まで決めてから入ってください。
参考資料(2026年10月5日確認):中小企業基盤整備機構「経営セーフティ共済 制度のしおり(令和8年1月改訂版)」「加入資格」「加入者必携」/TKC「クリニックの『税』のあれこれ 第5回 三共済制度」/フェイス税理士事務所「医療法人化と倒産防止共済」/税理士法人グランサーズ「経営セーフティ共済の仕訳と別表10(7)」/脱・税理士スガワラくん(YouTube)2023年8月公開、2025年7月公開の動画。試算は概算で、実際の税額は個別の条件で変わります。
加入の前に、公式サイトで最新の条件を確認しましょう
加入資格、掛金、解約手当金の支給率は中小機構の公式サイトで確認できます。解約するタイミングは、顧問税理士と事前に計画しておくことをおすすめします。
