役員報酬の20%を「はぐくみ基金」に回して1年 ― 医療法人の理事長が手取りと税金を計算してみた

濃紺の背景に芽の出た植木鉢と硬貨、歯科用ミラーを描いたイラスト

医療法人の理事長は、小規模企業共済に入れません。私も医療法人の理事長なので、この制度は使えません。(このことは小規模企業共済の記事で詳しく書きました。)

では、医療法人の理事長は自分の退職金をどう作ればいいのか。私がYouTubeなどで節税の方法を調べていく中で見つけたのが、はぐくみ基金(正式名称:福祉はぐくみ企業年金基金)です。昨年、医療法人の第7期から導入し、役員報酬の20%を毎月の掛金にしています。

1年使ってみて、手取りと税金がどう変わったのか。20年続けたら何が残るのか。受け取るときに何に気をつけるのか。数字で確かめた結果をまとめます。

この記事の結論

  • はぐくみ基金は、役員報酬や給与の一部を「掛金」に置き換える企業年金。掛金には所得税・住民税・社会保険料がかからない
  • 役員報酬 月100万円の理事長が20%(月20万円)を掛金にすると、個人の税金と社会保険料は年 約88万円軽くなる。医療法人の社会保険料も年 約16.8万円軽くなる
  • 20年後に一時金で受け取ると、給与で受け取って預金した場合より手元に約1,030万円多く残る(利息ゼロでの試算)
  • 気をつけるのは受け取り方。役員退職金やiDeCoと同じ年に受け取ると、税金が増える
  • スタッフが入ると、スタッフも医療法人も得をする
目次

はぐくみ基金とは

はぐくみ基金は、厚生労働大臣の認可を受けた確定給付企業年金(基金型)です。2018年に設立されました。大企業の企業年金と同じ法律の上にある制度を、中小企業や医療法人でも使えるようにしたものです。

項目内容
正式名称福祉はぐくみ企業年金基金
制度の種類確定給付企業年金(基金型)、2018年設立
加入できる事業所厚生年金に加入している事業所(業種・規模は問わない)
加入できる人厚生年金に加入している70歳未満の従業員・役員
掛金月1,000円から、基本給の20%または月40万円の低い方まで(2024年8月から)
事務費加入者1人あたり月490円(加入者500人以下の場合)。医療法人が負担し、損金になる
受け取り方退職時の一時金、または年金。加入20年以上なら老齢給付

ポイントは、役員も加入できることです。医療法人の理事長は小規模企業共済に入れませんが、はぐくみ基金には入れます。

仕組み:役員報酬の一部を「掛金」に置き換える

役員報酬 月100万円 役員報酬 月80万円 所得税・住民税 社会保険料がかかる 掛金 月20万円 税金・社会保険料 がかからない 毎月の 手取り 退職時に一時金 (退職所得) または年金 給与の20%まで(上限 月40万円) 図1 はぐくみ基金の仕組み 役員報酬(給与)の一部を、税金と社会保険料がかからない「掛金」に置き換える 出典:福祉はぐくみ企業年金基金「制度の内容」「よくある質問」をもとに作成
掛金にした分には、所得税・住民税・社会保険料がかからない

私の場合、役員報酬の20%を掛金にしています。役員報酬として受け取っていたお金の一部を、医療法人がはぐくみ基金に掛金として払う形に変えるイメージです。

役員報酬は所得税・住民税・社会保険料の対象ですが、医療法人が払う掛金はどれの対象にもなりません。医療法人にとっても、役員報酬と同じく掛金は損金になります。

試算1:役員報酬 月100万円の理事長が20%を掛金にしたら

モデルケースで計算してみます。役員報酬 月100万円(年1,200万円)の理事長が、20%にあたる月20万円(年240万円)を掛金にした場合です。

手取りの減少 151.9 16.8 社会保険料 所得税 48.9 22.3 住民税 個人の負担が軽くなる額 約88万円(36.7%) 図2 掛金240万円のうち、88万円は税金と社会保険料 役員報酬 月100万円の理事長が、毎月20万円(年240万円)を掛金にした場合(万円) このほか、医療法人が負担する社会保険料も年 約16.8万円 減る 鳴海の試算:東京・協会けんぽ(令和8年度)、40歳以上、基礎控除のみ。厚生年金は上限等級のため変化なし
年240万円を掛金にすると、そのうち約88万円は税金と社会保険料として払うはずだったお金
項目(年額)はぐくみなし20%を掛金に差
役員報酬1,200万円960万円−240万円
社会保険料(本人負担)143.7万円126.8万円−16.8万円
所得税(復興特別所得税を含む)123.7万円74.8万円−48.9万円
住民税82.3万円60.0万円−22.3万円
手取り850.3万円698.3万円−151.9万円

240万円を積み立てて、手取りの減少は151.9万円です。差額の約88万円(掛金の36.7%)は、本来は税金と社会保険料として出ていくお金でした。 さらに、医療法人が負担する社会保険料も年 約16.8万円減ります。

前提は、東京の協会けんぽ(令和8年度の料率)、40歳以上、所得控除は社会保険料と基礎控除だけです。扶養家族などの控除があれば、数字は少し変わります。

月100万円の理事長は、厚生年金が減らない

この試算で注目してほしいのは、厚生年金保険料が変わっていないことです。

厚生年金の保険料は、標準報酬月額の上限が65万円です。月100万円でも月80万円でも、上限を超えているので保険料は同じです。つまり、役員報酬が月65万円を大きく超える理事長は、掛金にしても将来の厚生年金は減りません。減るのは健康保険料(介護保険料を含む)だけです。

なお、厚生年金の上限は2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へと段階的に上がります。月80万円ならそれでも上限を超えています。

歯科医師国保に入っている医院は、効果が少し小さい

歯科医院では、医療法人になっても歯科医師国民健康保険(歯科医師国保)を続けているところが多くあります。歯科医師国保の保険料は報酬に関係なく定額です。この場合、健康保険料は掛金にしても下がりません。

同じモデルで計算すると、個人の負担が軽くなる額は年 約77.5万円(掛金の32%)です。社会保険料の節約はほぼなくなりますが、税金の節約だけでも十分に大きいと言えます。

試算2:20年後、手元にいくら残るか

次に、20年続けた場合を比べます。同じ年240万円分の役員報酬を、次の3つのどれに使ったかで比べました。

  • はぐくみ基金:毎年240万円を掛金にし、20年後に一時金4,800万円を退職所得として受け取る(利息はゼロと仮定)
  • 給与で受け取り、預金:240万円を役員報酬で受け取り、税金と社会保険料を払った残り(毎年151.9万円)を預金する
  • 給与で受け取り、NISAで運用:同じ151.9万円を、NISAで年3%で運用する
はぐくみ基金 (利息ゼロと仮定) 給与で受け取り 預金(利息ゼロ) 給与で受け取り NISAで年3%運用 4,069 3,039 4,205 一時金4,800 退職所得の税 −731 毎年152 ×20年 差は約1,030万円 図3 20年後に手元に残るお金の比較 同じ 年240万円 分の役員報酬を、20年間どう使ったか(万円、税引き後) 鳴海の試算:図2と同じ前提。運用で並ぶのは年2.7%。役員退職金など他の退職金と同じ年に受け取る場合は税額が変わる
預金と比べると約1,030万円の差。運用で並ぶには年2.7%が必要

はぐくみ基金の一時金4,800万円には、退職所得として税金がかかります。20年加入なら退職所得控除は800万円です。控除後の2分の1にだけ税金がかかるので、所得税と住民税は合計 約731万円(受取額の約15%)になります。手元に残るのは約4,069万円です。

給与で受け取って預金した場合は、20年で約3,039万円です。はぐくみ基金のほうが約1,030万円多く残ります。

正直に書くと、給与で受け取ってNISAで年3%で運用できれば、20年後は約4,205万円になり、はぐくみ基金とほぼ並びます。損益が並ぶのは、運用利回り年2.7%です。ただし、はぐくみ基金は掛金の元本が確保されているのに対し、NISAの運用は値下がりもあります。私は、はぐくみ基金を「元本が減らない退職金の土台」、NISAを「増やすためのお金」と分けて考えています。

「自動で引かれる」ことの効果

私がはぐくみ基金を気に入っている理由は、節税だけではありません。役員報酬から自動で掛金が引かれるので、意識しなくても貯まっていくことです。

これは私の感覚だけではなく、行動経済学で繰り返し確かめられています。

  • 米国の企業で、401(k)(確定拠出年金)を「申し込んだ人だけ加入」から「最初から加入、やめたい人だけ手続き」に変えたところ、新入社員の加入率が約37%から約86%に上がった(Madrian & Shea, 2001)
  • 「昇給したら、その一部を自動で積立に回す」仕組みを入れた企業では、従業員の貯蓄率が3.5%から13.6%に上がった(Thaler & Benartzi, 2004)

人は「余ったら貯める」ではなかなか貯められません。給与から先に引かれる仕組みは、それだけで貯蓄を増やします。はぐくみ基金は、その仕組みを税金の優遇つきで使える制度です。

受け取り方が一番の悩みどころ

正直に言うと、私はまだ受け取り方を決めていません。おそらく一時金でまとめて受け取ると思いますが、そこで考えておくべきことがあります。

A 同じ年にまとめて受け取る はぐくみ基金 一時金 医療法人の 役員退職金 → 合算して 退職所得控除は1回分 B 時期をずらす・受け取り方を分ける iDeCo 一時金 10年以上あける はぐくみ一時金 +役員退職金 はぐくみ基金を「年金(5年)」で受け取れば、公的年金等の雑所得として分けられる 図4 退職金は「受け取る年」で税金が変わる はぐくみ基金・役員退職金・iDeCoを一時金で受け取る場合 出典:はぐくみ基金FAQ(他の退職金がある場合)、令和7年度税制改正(iDeCo一時金の10年ルール)。具体的な判断は税理士に
他の退職金と同じ年に受け取ると、退職所得控除は1回分しか使えない

役員退職金と同じ年に受け取ると、まとめて課税される

医療法人から役員退職金を受け取る場合、はぐくみ基金の一時金と合わせて退職所得を計算します。退職所得控除は2回は使えないので、同じ年にまとめて受け取ると税金が重くなります。はぐくみ基金も、他の退職金がある場合は合算して計算すると案内しています。

iDeCoの一時金とは10年以上あける

iDeCoの一時金を先に受け取り、その後に退職金を受け取る場合、2026年1月以降は10年以上あけないと、退職所得控除が調整されて税金が増えます(令和7年度税制改正で5年から10年に延びました)。60歳でiDeCo、70歳ではぐくみ基金と役員退職金、という順番が一つの考え方です。

年金で受け取る方法もある

加入20年以上なら、はぐくみ基金は年金(5年間)で受け取ることもできます。年金は「公的年金等の雑所得」になり、退職所得とは別に計算されます。役員退職金と時期が重なる場合は、一時金と年金を使い分けることで税金を抑えられる可能性があります。

どの組み合わせが得かは、役員退職金の額、iDeCoの残高、引退する年齢で変わります。加入した時点で、顧問税理士と「いつ・何を・どの形で受け取るか」の大まかな計画を作っておくのがおすすめです。私もこれからやります。

デメリットと注意点

1. 役員報酬が月65万円以下の人は、将来の厚生年金が減る

役員報酬や給与が厚生年金の上限(65万円)より低い人は、掛金にした分だけ標準報酬月額が下がり、将来の厚生年金も減ります。月2万円を掛金にすると、加入1年あたり年 約1,300円、生涯にわたって受け取る厚生年金が減る計算です。

2. 傷病手当金や出産手当金も減る

健康保険の傷病手当金・出産手当金は、標準報酬月額をもとに計算されます。協会けんぽの場合、月100万円から80万円にすると、傷病手当金は1日あたり約5,300円減ります。院長が病気で長く休むリスクも考えて、民間の就業不能保険などと合わせて検討してください。

3. 事務の手間はそれなりにある

私の医院では、理事長の私が手続きを担当しています。掛金は給与の20%が上限なので、昇給などで給与が変わると掛金も変更が必要になり、年に何回かはその手続きがあります。加入していたスタッフが退職したときも手続きが必要です。

4. iDeCoの掛金の上限が少し下がる

企業年金に加入すると、iDeCoの上限が変わります。2024年12月からは、月5.5万円から企業年金の掛金相当額を引いた額(上限は月2万円)です。はぐくみ基金の掛金相当額は、実際の掛金ではなく公式の「標準掛金相当額」月2.4万円(2027年1月から2.5万円)で計算されます。私の場合、iDeCoの上限は少し下がりましたが、影響は大きくありません。2027年1月からは上限の計算が変わり、iDeCoの枠は広がる予定です。

5. 役員報酬を変えるタイミングに注意

医療法人の役員報酬は、原則として事業年度の初めに決めた額を毎月同じ額で払う必要があります(定期同額給与)。はぐくみ基金を導入して役員報酬を減らすなら、事業年度の初めに合わせて計画するのが安全です。

6. 利息はほとんど期待しない

はぐくみ基金は掛金の元本確保をうたっていますが、大きく増やす制度ではありません。この記事の試算も利息ゼロで計算しています。また、確定給付企業年金は5年ごとに財政を見直し、積立が不足した場合は事業主が補う仕組みです。基金は安全性の高い運用をしているとしていますが、仕組みとして知っておいてください。

スタッフにも勧める理由:みんなが得をする

はぐくみ基金は、理事長だけの制度ではありません。スタッフも加入でき、加入するとスタッフと医療法人の両方が得をします。

スタッフの 税金・社会保険料 医療法人の 社会保険料 (事務費を引いた後) スタッフの将来の 厚生年金(1年加入あたり) 約6.6万円 軽くなる 約3.1万円 軽くなる 年 約1,300円 減る(生涯) 図5 スタッフが入ると、スタッフも医療法人も得をする 月給30万円のスタッフが、月2万円(年24万円)を掛金にした場合(年額) 鳴海の試算:東京・協会けんぽ、40歳未満。厚生年金は報酬比例部分(5.481/1000)で計算。傷病手当金・出産手当金なども少し減る
月給30万円のスタッフが月2万円を掛金にした場合

月給30万円のスタッフが月2万円(年24万円)を掛金にすると、スタッフの税金と社会保険料は年 約6.6万円軽くなります。医療法人も、社会保険料の負担が年 約3.1万円(事務費を引いた後)軽くなります。スタッフ側の将来の厚生年金は加入1年あたり年 約1,300円減りますが、その分は掛金として本人の退職金に積み上がっています。

私の医院でも、スタッフに案内しています。金融の知識があるスタッフは加入しています。説明で特に苦労はしていませんが、加入しないスタッフは、仕組みがよくわかっていないのだろうという印象です。だからこそ、院長が数字で説明することに意味があると思います。

院長は自分の退職金を節税しながら作れる。スタッフも同じ仕組みで退職金を作れる。医療法人は社会保険料が減り、福利厚生の充実を採用でアピールできる。関わる人全員が得をする制度なので、やらない理由は少ないというのが、1年使った私の結論です。

なお、個人開業の先生がよく使う経営セーフティ共済(倒産防止共済)は、医療法人では加入できません。MS法人で検討する場合の損得は経営セーフティ共済の記事にまとめました。

まとめ:導入前に確認すること

  • 自分の医院は協会けんぽか、歯科医師国保か(社会保険料の効果が変わる)
  • 役員報酬が月65万円を超えているか(超えていれば厚生年金は減らない)
  • 掛金は基本給の20%、上限 月40万円まで
  • 役員報酬を変えるのは事業年度の初めに合わせる
  • 受け取り方は、役員退職金・iDeCoとの順番を加入時から税理士と計画する
  • スタッフにも数字で説明し、加入を勧める

開業医の退職金は、誰も積み立ててくれません。個人開業の間は小規模企業共済、医療法人化した後ははぐくみ基金。立場に合った国の仕組みを使えば、税金を抑えながら自分で退職金を作ることができます。

参考資料(2026年10月5日確認):福祉はぐくみ企業年金基金「制度の内容」「よくある質問(掛金上限、税金、他の退職金がある場合)」/全国健康保険協会「令和8年度 都道府県単位保険料率」/厚生労働省 年金制度改正法(2025年6月成立)による厚生年金標準報酬月額上限の引上げ/りそな銀行「iDeCoにかかる主な法改正」/Madrian BC, Shea DF. The Power of Suggestion: Inertia in 401(k) Participation and Savings Behavior. Q J Econ. 2001;116(4):1149-1187/Thaler RH, Benartzi S. Save More Tomorrow: Using Behavioral Economics to Increase Employee Saving. J Polit Econ. 2004;112(S1):S164-S187。試算は概算で、実際の税額・保険料は個別の条件で変わります。


制度の詳細と加入手続きは公式サイトで
掛金の上限、事務費、加入できる事業所の条件は、福祉はぐくみ企業年金基金の公式サイトで確認できます。導入前に、顧問税理士と自院の数字で試算することをおすすめします。

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この記事を書いた人

歯周病専門医(日本歯周病学会認定・2014年)。明海大学歯学部卒業後、同大学歯周病学分野で臨床・教育に携わり、2019年に米国NSU歯周病学レジデントプログラムで研修。現在は福嶋歯科医院(東京都多摩市)院長・医療法人社団Fortune Arch理事長として、歯周外科とインプラント治療を専門に、これまでに1,000例を超える外科症例を手がける。歯科医師には「手を動かして身につける」臨床技術を、患者さんには歯周病を防ぐセルフケアを発信している。

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